明日を駆ける 少年たち ~辻本看守の闇~

今回は「明日を駆ける 少年たち」劇中で辻本良が演じた看守について考えてみたい。

この役に名前がついているかは定かではないが、便宜上 以下では辻本と呼称する。

 

本作における監獄で最大のヒールは看守長である。これについて異論があるものはなかろう。

それに対し、新人看守の今江は潜入捜査官という立場であるため、ライトサイドの人間であると見て良いと思われる。

 

では、他の看守たちはどうなのだろうか?彼らはどのような経緯であの監獄にたどり着き

どのような心情でもって看守長に従っていたのか。

 

終盤で今江を筆頭に看守たちは、制服を一新して登場していることから見て

少なくともエンディングを迎えた時点での彼らはライトサイドとして歩んでいると見ることができるのかもしれない。

 

だが、その中で一人気になる存在が 辻本 である。

彼は看守の中でもとりわけランクが高いものというわけではないのだろう。

(ただし脱獄の場面で重要な鍵を携行していることもわかる。)

 

では注目されるべきことは何であるのか。

それは囚人をいたぶったり、乱闘をするときの彼の表情である。

 

筆者にはあの表情が看守長の命令にしたがって、またなんらかの葛藤を抱えて

仕方なく暴力をふるっているものにはどうしても思えないのだ。

 

いや、むしろ囚人を暴力でいたぶるという行為そのものに喜びを感じているような

そう言うならば限りなく看守長に近い人格を持っているのではないかとそんな気さえする。

 

それが最も現出しているのが後半でのミチエダとの乱闘場面である。

ミチエダの攻撃を受けた辻本は、不敵な笑みを浮かべ自分の首のあたりを手でなぞる。

まるで自分の痛みにすら悦びを見出だしているように、そしてその分をミチエダにお返しするのを楽しんでいるかのように。

 

そうなってくると彼の精神を、人格をそこまで追い込んだ闇とは何だったのだろうか。

公式にそこまでの裏設定がなされているかは甚だ疑問であるが、想像をしてみようと思う。

 

監獄にやってきた囚人たちは、それぞれが社会ではみ出し、出る杭は打たれ、何らかの不信感を持ってる節があるが

辻本も同じなのではないか。

 

むしろ看守となる前の彼は、素直で心優しい少年だったのだ。

社会のルールから逸脱しない、人を傷つけない

そんな善良な少年だった。

 

しかし、そんな一人の少年を大人の闇が飲み込んだ。

 

大学時代の親友が巨額の借金を苦に自殺し、知らぬ間に連帯保証人にされていた父親と辻本ら家族は苛烈な取り立てに苦しめられる。

玄関には誹謗中傷のビラが大量に貼り付けられ、嫌がらせの無言電話は絶えずかかってくる。

身に覚えのない出前や、通信販売の品物が次々と届けられる。

学校では「辻本の父親は過去に人を殺した」という根も葉もない噂を流され、次第に居場所を喪っていく。

 

父親は精神不安定になり自室に引きこもるようになる。

母親はそんな父親と、陰惨な生活から逃れるように家に帰らなくなる。

いつしか辻本は家庭内でもひとりぼっちになってしまった。

 

最終的に父も自殺、母は以来一切の消息を断った。

親戚たちも彼を腫れ物のように扱い、受け入れようとしない。

そんな幼い少年のもとに、取り立ての魔の手が迫る…

 

ところに現れたのが看守長である。

闇社会ともパイプのある看守長は取立屋と取引をし、辻本の身体の自由を約束させる。

ただし、彼が監獄の島で自分の手駒となることを条件に。

 

看守長は大人の闇に翻弄された彼の心の弱味につけこみ、一気にダークサイドへと突き落とした。

「気に入らない人間は消してしまえばいい。」

そう言って島へ旅立つ前夜、少年の手に拳銃を握らせた。

 

その夜、辻本家を苦しめた取立屋が何者かに殺害されていた…。